ガスクラスターを一次ビームとする高性能SIMS装置に関する研究

表面分析法の一つとして二次イオン質量分析法(SIMS)がある。SIMSでは一次イオンビームを固体に照射させたときに起こる二次粒子放出現象(スパッタリング)を利用している。現在のSIMSでは単原子もしくは低質量の分子イオンビームを利用するが、物質をイオン化するための一次ビームとしてレーザや電子を用いる手法も知られている。なかでもマトリックス支援レーザ脱離イオン化法(MALDI ; K. Tanaka, et. al., Rapid Commun. Mass Spectrom., 2 (1988) 151.)やエレクトロスプレーイオン化法(ESI ; J.B. Fenn, et. al., Proc. 36th Ann. Conf., Am. Soc. For Mass Spectrom., San Francisco, (1988) 773.)の技術に2002年のノーベル化学賞が与えられたことからもわかるように、それらは非常に重要な技術であるが用途や分析できる物質に一定の制限がある。またこれまでのSIMSは表面微量成分の測定や深さ方向分析に広く利用されてきたが、低質量の原子や分子を一次イオンビームとして使用する限り、更なる二次イオン収率増加と深さ分析の分解能向上の両立は原理的に不可能である。
SIMSではこのような問題を解決する手段として、原子や分子の集団であるクラスターを一次ビームとして利用する取組みが盛んに行われ始めている。クラスターが固体に衝突すると有限の狭い領域に高いエネルギーが付与される。そのため単原子や単分子が衝突する場合とは、大きく異なった現象(クラスター効果)が起こることが知られている。例えばクラスター照射では同じ速度の単原子照射より1原子あたりの二次イオン発生率が数倍から数百倍に増加することが近年相次いで報告されている(A. Brunelle, et. al., Phys. Rev. A 63 (2001) 022902など)。ただそのメカニズムはいまだ十分解明されていない。

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<図1. クラスターイオン源を備えた二次イオン質量分析装置.>
 

我々の研究室では、クラスターとしてはかなり大きい数千から数万u(原子質量単位)のガスクラスターイオン(Ar, O2, SF6など)をSIMSの一次ビームに用い研究を行っている。ガスクラスターイオン源を備えた二次イオン質量分析装置の概要図を図1に示す。Ar、O2及び SF6などの気体をノズルを通して真空中に高圧で供給することにより断熱膨張させると、ファンデルワールス力によってクラスターが生成される。成長したクラスターをスキマーを通してイオン化部に導入し、電子衝撃によりイオン化したのち加速電極(数kVから数10kV)と引出電極で加速させる。最後にアパーチャとアインツェルレンズで集束させたのち試料に照射する。照射するクラスターイオンビームのサイズ分布は供給する気体の圧力・ノズルとスキマーの距離・イオン化電子電圧などを変化させることによって制御できる。実験では様々な条件のもとでクラスターイオンを試料に照射し、生成された二次イオンを四重極型質量分析器(Q-MS)や飛行時間型質量分析器(TOF-MS)によって分析する。図2にそれぞれArクラスターイオン及びArモノマーイオン(Ar+)をSiターゲットに照射したときに生成される二次イオンをQ-MSで測定したときのスペクトル例を示す。この実験例ではモノマーとクラスターイオン照射では検出される二次イオン種や収率が大きく異なるということがわかる。


<図2. (a)Arクラスターイオン及び(b)Arモノマーイオンを Siターゲットに照射したときの二次イオンスペクトル.>

実験で使用するクラスターイオンの加速電圧は数kVから数10kVであり、1原子あたりの平均エネルギーは数10eV程度であるが、スパッタリング収率や二次イオン収率は非常に高いことがこれまでの研究でわかってきた。また巨大なガスクラスターイオンが固体表面に衝突すると、弱いファンデルワールス力で結合していた原子や分子の結合が切れクラスターが崩壊する。その際、分解片と固体表面は多体衝突を起こし固体表面が平坦化される。しかもサイズを大きくすればするほどクラスターイオンの衝突速度は小さくなるため、表面モフォロジーの悪化が抑制される。 巨大ガスクラスターイオン源を用いる二次イオン質量分析の特徴を列挙すると次のようになる。

@気体や気化しやすい物質なら容易にクラスターを生成できる
AAr等の希ガスを使用すれば試料への汚染は皆無である
B使用できるクラスターの質量領域が数千uから数百万uと非常に幅広い
C1原子あたりの入射エネルギーを容易に数100eV以下にまで下げられるため表面モフォロジーがほとんど悪化しない
D二次イオン収率を大幅に増加できる。

このような巨大クラスターイオン照射の特徴である二次イオン収率増加と低損傷効果を利用すれば、微量成分分析の感度向上と深さ方向分析の分解能向上を同時に達成できる画期的な質量分析が可能になるのではないかと考えている。そこで巨大クラスターイオンと固体表面との相互作用による二次イオン収率異常増加のメカニズムを明らかにし、クラスターの低速照射の特徴を利用した試料の超高分解能深さ分析や二次イオン収率異常増加の特徴を利用した生体高分子や有機材料の超高感度分析を行なうことを主たる目的として研究を行っている。




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